セッション14
西荻窪というまちが好きである。
住んだことはないが、大人になってから通うようになった。
現在は本屋や古道具屋、雑貨店、ベーグル専門店に美味しいことで有名な食事処など、歩いて回りやすい範囲に魅力的なお店が点在していて人気のスポットになっている。
そこに至るまでの、普通の商店街だった時代も知っているし、今や人気店となったお店が規模が小さかったことや、駅から少し離れた場所にあった時代も知っている。自分の成長とともに変わっていき、賑わいがうまれていく様子を見てきたという意味でも思い入れのあるまちだ。
9回目のセッションで、堀部篤史氏の『90年代のことー僕の修業時代』について取り上げた。
その時に触れた島田潤一郎氏のエッセイ「九〇年代の若者たち」が他の雑誌寄稿文などとともに一冊の本にまとめられ、『90年代の若者たち』として夏葉社のインディーズレーベル「岬書店」から発行された。(本のタイトルは「90年代」と英数字表記、収録されている表題作のタイトル表記は前のまま「九〇年代」と漢数字表記となっている。)この本が今回の課題本である。
刊行されてまもなく、ちょうど西荻窪に行く用があったので、取り扱っている雑貨店FALLで入手した。そこで夏葉社関連本2冊以上購入すると、島田氏の所有していた90年代のCDが特典としてプレゼントされるという。もともと買うつもりだった本が2冊以上あったので、その特典の恩恵にあずかったが、くじを引いて当たったのはシェリル・クロウのデビューアルバムだった。
通常新しいCDを購入すると、背を覆うように帯のようなものがついてパッキングされている。
その帯的なもの(なんというのか知らない)、開封後は結構邪魔なのだが、文庫本における背表紙の解説的なものが書かれていることがあることもあってなかなか捨てられない。ケースを開けたつまみの部分に挟んで保存したりするのだが、このCDについてもそのようになっていた。とてもきれいな保存状態だ。
その帯的なものによると、シェリル・クロウは90年代当時「70年代のロックの香り漂う女性ロッカー」という売り文句だったらしい。
90年代なのに70年代に逆行?いや、これこそが90年代っぽいのかも。
さて、課題本についていえば、読んでいる最中は次々と出てくる固有名詞に忘れていた記憶がよみがえり、感情が波のように押し寄せてくるということの繰り返し。テレビ番組やCDアルバムや漫画について、何より当時のワープロの名称まで、よくもまあここまで覚えているものだと感心した。(自分はワープロは「書院」ではなく「Rupo」だったのだが)。
「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」も「ミュージックステーション」も「CDTV」も毎週欠かさず見ていて、スピードが出るたびに、上原多香子かわいい、と思っていたくせに、自意識が邪魔して、そのことを打ち明けられない。「上原多香子かわいいよね」といわれても、「ん?」という顔をして、「だれ?」ととぼける。「BODY&SOUL」も「STEADY」も「GO!GO!HEAVEN」もソラでうたえるはずなのに、大学では気難しい顔をして現代詩文庫を読んでいる。死んでほしい。(p.99)
相棒にも話したが、90年代に10代後半から20代前半を過ごした者に特有のことがあるとすれば、テレビ番組やアイドルや俳優や映画やCMといったものに関して「知っていた」「見ていた」「歌った」という、ほぼ全員共通の経験があることなのではないか。
そしてなぜか、その頃のことを思い出そうとするとイタい。 「あの頃はよかった」とは思えなくて、「死んでほしい」と思う気持ち。
セッションから少し経ったころに初めて訪れた野外音楽フェスで、スチャダラパーのライブを見た。
前回Bose氏を見たのは、2010年6月の小沢健二氏の復活ライブ「ひふみよツアー」での飛び入り参加だったように思う。9年ぶりとは。
来年で30周年、すでに5万曲以上を作ってきたという彼らは、ライブの終盤に「今夜はブギー・バック Smooth Rap」を歌ってくれた。
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ここでしか見れない 景色 ここでしか吸えない 空気
吸って吸って はいてはいて
日はのぼり落ち 折り返し地点
(『今夜はブギー・バック smooth rap』スチャダラパー featuring 小沢健二 より)
小沢健二氏がメインのnice vocalバージョンと少し歌詞の違う部分である。
今回とくに印象深かったのは、人生において自分が折り返し地点を感じているからなのだろうか。
今いるまちで、ここでしか見れない景色やここでしか吸えない空気、そういったものを感じているからだろうか。
とにかくパーティを続けよう
これからも ずっとずっとその先も
このメンツ このやり方
この曲で ロックし続けるのさ (同上)
30年間、スチャダラパーはその言葉通り、同じメンツ同じやり方でロックし続けてきた。そのことの絶対的な安心感をライブで感じた。
90年代から止まっているわけではない。
90年代からずっと歩いてきた。
そのことの証が「同じ」であることのうれしさ。
今回は読書セッションの後、もやもやしていたと思う。
格別嫌なトピックがあったわけではないのに90年代を振り返るのはしんどい作業で、月日を重ねても大して変わっていない自分の現在を思うと、落ち込んだりもするのである。
でも、夜の闇の中で、以前からの変わらないスタイルでキャップをかぶり、だぼだぼのTシャツを着ながら手を振り歌うSDPはまったく自然体で楽しかった。変わらないこともこんなに安心だと思わせてくれた。
その意味で、本というのは、人間に強さをもたらしたり、ポジティブな価値を与えるというより、人間の弱い部分を支え、暗部を抱擁するようなものだと思う。だから、ぼくたちは本が好きなのだし、本を信頼していたし、それを友達のように思っていた。(p.168)
SDPのブギー・バックを聴いて、自分のなかの暗部をハグしてもらったような気持ちになったのだと思う。
ともかく、自分にも信頼できる本があり、音楽があり、ということは友だちがいるのだ。