セッション18

「生き延びる秘訣は、自分が迷子だと知ることだから。」(p.17) 

迷うことについて

迷うことについて

 

今回の課題本は、本セッション2度目の登板となるレベッカ・ソルニットの新刊である。だが、実は原著は2005年に出ていたものを遡って邦訳したものだそうだ。

帯をつけていても一体感のある装幀、なんといっても帯文に書かれている言葉がよい。砂浜と海のような、境界線があいまいな淡い色合いも好きだ。

「いつでも〈不可思議の際〉に、未知との境に生きよ」(p.10) 

 ロバート・オッペンハイマーの言葉を引いた言葉だが、表紙の装丁がまさに「不可思議の際」「未知との境」を表現したものだと感じられた。

「あわい」という読みの言葉は「淡い」のほかにもある。向かいあうもののあいだ、二つのもののあいだという意味の「間(あわい)」である。そんな、二つの意味を同時にあらわしているかのようなビジュアルがとてもいい。

読み進んでいくと、著者が随所でダブルミーニング、トリプルミーニングで物事を捉えていることを意識させられる。この本のテーマである「迷う」ということについても。

迷った=失われた(ロスト)という言葉には、本当は二つの本質的に異なる意味が潜んでいる。「何かを失う」といえば、知っているものがどこかへいってしまうということだが、「迷う=〔自分が〕失われる」というときには見知らぬものが顔を出している。モノや人はーブレスレットとか友人とか鍵とかー視界や知識や所有をすりぬけて消えてしまう。それでも自分がいる場所はわかっている。失くしてしまったモノ、消えてしまったひとつのピースを除けばすべてよく知っているとおりだ。一方で、迷う=自分が失われるとき、世界は知っているよりも大きなものになっている。そしてどちらの場合も世界をコントロールする術は失われている。(p.30-31)

「迷う」ということを、人はネガティヴにとらえがちだ。私自身もそうである。

例えば店で気に入った服があったとして、色違いがあるとたいてい迷ってしまう。自分の判断に自信がないのか。今より若いころは、人との食事の際にオーダーが決められないこともしばしばだった。友人と旅行した際には最終日に「後悔したくないから迷うのだ」と指摘されたこともある。

セッションの中で私は、「この本を読んでいると〈迷う〉ことについて、嫌な感じがしない」という感想を述べた。どこか潔いのだ。

それは、その根底に「未知」であること、謎であることと、自分というものの境を見つめる視点があるからなのではないか。

 

この本は、切り口もだが構成も巧みである。

遇数章のタイトルがすべて「隔たりの青」とされているのには、ぐっときた。奇数章がより著者の個人的な思い出を題材とし、ドラマを含むものだとすると、「隔たりの青」はそれを一度鎮静させるかのような役割があるように思う。

もともと、先人の言葉の引用が多い著者だが、引用された文献、地図、事象など、もしこの本に図版があったらさぞ理解を助けるだろうと思いながら、そのことによって訴える力が変わってくるだろうとも考える。

図版そのものが引き込む力が勝ってしまい、著者の紡ぐ言葉をこんなにも味わえただろうかと。それほどに、ソルニットの言葉は私に心地よさを与えてくれるのだ。

特に「隔たりの青」の章にはそんな言葉たちが散りばめられていて、ソルニットの紡ぐ様々な美しい青ー地平性の青、空の青、地表の青、世界を包む青を見ているかのようで飽きない。

「わたしたちはこの隔たりを、友情によって織りなされたこの距離を愛することにいたしましょう。なぜなら、互いを愛することのない者は隔てられることもないのですから」。(p.38)

これは、シモーヌ・ヴァイユが太平洋を隔てて友人に宛てた手紙の一節だそうだが、距離によらず「隔たり」があるのが、この世の中だ、と著者はいう。

「望みは無限の隔たりに満ちている、だから憧憬(ロンギング)という」(p.37)

こうしてみると、隔たりを感じながら迷うことが、単に寂しく心細いものではなく、どこか嬉しく美しいもののようにも思えてくる。

 

未来の自分を考えたとき、誰しも迷うことはある。

人は未来に目を凝らし、現在がそのままの調子で見通しよくつづいていけばいいと思う。けれど、少しでも過去をみてみれば、変化はほとんど想像できないほど不可思議な回り道を辿っていることが明らかになる。(p.134) 

相棒はこの本における「時間軸」について、たびたび触れていた。思ったより時間軸に引っ張られている章があり、「選べない子ども時代」について考えたという。

いつからが「自分で選んだ」と言える人生なのか、それは人によって違うと思うが、たとえば子どもの頃の進路について、自分では選ばなかった、選べなかったと思い込んでいても、実は何かしら自分で選んだことの結果なのだと最近では思うようになった。

もちろん、環境は選べないことの方が多い。自分も、親の都合で転勤をして、友達が皆無の田舎の土地に移り住んだ結果、図書館通いをし、本ばかりを読むようになった。その結果、現在の関心事は本が中心であるわけだが、一方で都市部にいても同じところにたどり着いていたような気もしている。

わたしたちはまるで、例外を法則のように取り違えて、いずれすべてを失ってゆくということよりも、たまたま失われずに残っているものを信じているようだ。わたしたちは、落としたものを頼りにして、もう一度帰ってゆく道をみつけることができてもよいはずだ。森のなかのヘンゼルとグレーテルのように、時間を遡る手掛かりを辿り、喪失をひとつずつ埋め合わせ、失くした眼鏡から失くした玩具へ、そして子どものころ抜け落ちた歯へ戻ってゆく道を。(p.204)

ヘンゼルとグレーテルが落としていたもの、それは「時間を遡る手掛かり」だった。自分にとって、その手掛かりとは一体なんだろうか。

たとえばわたしが自分の人生にほんとうに注意深くなると、今日この後に起こることも自分にはわからないし、それを乗り切る自信もあまりもっていないことに気づくでしょう。わたしたちの心はそういう考え方を呼び込んでしまいがちです。それは故ないことではありません。はっきりと知ることはできないけど、たぶん、いつもとそれほど違うことではないだろう、だから大丈夫だろう、そうやって、不安な可能性に分別ある答えで蓋をする。<中略>

それはわたしたちが心のなかで繰り広げている対話や、内面を通り過ぎてゆく物語や、心を通り抜けていく感情のドラマです。そしてこの領域では、物事はそれほどきちんと整ったものではなく、あえていえば、安全でも道理に適ったものでもないということを知るようになります。(p.218)

この頃の自分のことを言われているように感じながら、少し前に読んだマンガのことを思い出していた。 頭の中でぐるぐると迷い続けている人の話である。

脳内ポイズンベリー 1 (クイーンズコミックス)

脳内ポイズンベリー 1 (クイーンズコミックス)

 

自分の中で色々な迷いが分散して、擬人化され、それぞれの感情がけんかしたり、小狡い感じに妥協しあったり、協力し合い「会議」を行っているという設定である。

脳内会議のメンバーたち(それぞれの感情)は、議論し、過去を振り返ったりもする。

(しかし結果的に主人公は暴走してしまい、神経をすり減らして不安定さに磨きがかかってしまう)。私のなかでは「迷うこと」を上手に映像化している作品と感じた。

 

時間軸を遡り、著者の過去を追体験し、青の隔たりに浸されながら、迷うことについて考える旅。著者のソルニットは最初の章において、「ここから先は、わたし自身が描いたいくつかの地図だ」と宣言している。

それらの地図において、自分にとって直接明確な発見があったわけではないが、思索することにおいて色々「作用」した。読み終えたとき、この旅を閉じることを名残惜しく感じた。

自分も、こんな地図が描けるくらいになれたらと思う。

そのために、生き延びるための秘訣と捉えて、迷うことをもう恐れないでいたい。

 

 

セッション17

この本がいいねと君が言ったから8月中はキリン月間

・・・実話です。今月の課題本は「キリン月間だから」と相棒がさっさと決めてくれました。

キリン解剖記 (ナツメ社サイエンス)

キリン解剖記 (ナツメ社サイエンス)

 

この本は出たときからだいぶ話題になっていたので、読みたいと思ってはいた。

物心ついたときからキリンが好きで、キリンの研究者になる!と決め、めでたく実現した人の話である。といっても、10年間で30頭ものキリンの解剖を行っているというのだから、並の人物ではない。変な人に違いない。

そう思っていたのだが、読んでみると想像していたより楽しい本だった。読んでよかった。 とにかく、一冊のすみずみまで著者の「楽しい」があふれている。

まずは本の佇まいから。軽やかというか、気軽な感じがする。

実は、自分は子どものころから図鑑などのリアルな図が苦手で、それは植物でも動物でも同じ。真に迫る葉脈とか骨格とか、筋肉とかの筋など見ていられないのだ。

そんな自分でも、本書は解剖学に関する本でありながら、重要なキリンの首の説明などもソフトタッチのほのぼのイラストで表現されていたので読みやすかった。テーマがはっきりしている分、こうした本そのものがもつ柔らかさや親しみやすいイメージは、読み手を広げるうえで大切だと思う。

内容もこのシンプルなタイトルを裏切らない内容で、キリンを研究するに至ったいきさつから始まり、時系列でキリンの解剖をした記録となっている。

読んでいくと、一方では「生き方」について考える本でもあるなと感じた。

私よりもはるかに優秀な友人が研究者になるべく動き出しているのを目の当たりにして、「そうか、もう将来の夢を実現するために動き始める時期なのか」と初めて意識した。それと同時に、4年間の大学生活を通して、この先40年以上もの長い時間を費やす職業を選択しなければならないことにも気がついた。(p.36)

自分が学生の時にそこまで考えていただろうか。

大学で学んでいる研究分野のその先に、職業が見えてこない分野であるからかもしれないが、「この先40年」などとは全く考えていなかったはずだ。

「一生楽しめることがいい」そんな風に考えてもいなかった。ただ漠然とした不安だけ。 

一度解剖を始めたら、事前の不安な気持ちなど吹き飛んで、夢中になっていた。嫌悪感や罪悪感などは全くなかった。

<中略>

 知的好奇心が刺激され、満たされていく気持ちよさが脳内いっぱいに広がっていった。解剖すればするほど、その動物のことをどんどん好きになっていくような気がした。(p.45)

自分には解剖の経験はないし、解剖したところで同じ境地には絶対到達できないと思うが、「知的好奇心が満たされる気持ちよさ」は経験したことがある。その、満たしてくれた原因となるものについて、どんどん興味がわいていくという状態も分かる。

それにしても、生まれながらの研究者というのはこうした人のことを言うのであろうか。もちろん努力は必要だけれど資質がないとなれない職業(?)かと思う。

 

本書のなかで著者は、動物たちの年齢について何度か触れている。

特に「年上の」動物たちに対する思いは、研究を支える力の一つとなっているように思える。

私の年齢はすでに現在の国内最高齢キリンの年齢を上回ってしまったので、もうこれからは年上のキリンと出会うことはない。だからこそ、これまでに向き合ってきた年上のキリンたちには、ほかのキリンとは違った特別な思い入れがある。(p.48)

 井の頭自然文化園で69歳で亡くなったゾウのはな子も、著者にとっては親しみのある「年上の」動物だった。

科博の収蔵庫では、ゾウの骨格標本とキリンの骨格標本は隣り合って置かれているので、キリンの標本を見に行くと、はな子の標本が必ず目に入るようになっている。ほかのどの標本よりも生前の姿をよく知っている個体なので、用がなくても近づき、意味もなく骨を触ってしまう。(p.54)

 私自身も、井の頭のはな子は「生まれて初めて見た」ゾウだと思う。物心ついた時からおばあちゃんなんだよ、とずっと言われてきたはな子。

記憶の中でずっと自分にとっては「おばあちゃん」だったなんて、親戚の関係性みたいだ。そんなことを思いながら、意味もなく骨を触るしぐさを自分も文中でなぞる。

そうか。解剖を行うとき、著者は動かぬ物体を相手に作業を行っているのではなく、動いていた・元気だった、その個体の生きていた事実と向き合っているのだ。

 

以前『エコラリアス』の回でも書いたが、自分は「層」が好きだ。

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本書でも「層」が登場する。

 解剖は、基本的に表層から深層へと向かって進めていく。深層の筋肉を観察するためには、表層の筋肉を剥がしていく必要がある。

 首の最も 表層を通っている紐状の細長い筋肉をつまみ、どこからどこへ向かっているかを確認する。解剖書と照らし合わせ、散々悩んで「これは板状筋だ」と結論づけ、取り外す。それなのに、深層の解剖を始めると、さきほどの「板状筋」らしきものが再登場したりする。(p.68-69)

深層だと思っていたのに、表層のときと似たものが出てくる。まだ深層には至っていない。深層というものは、なかなかに探り当てるのが難しいもののようだ。

自分は概念的に使われる「層」に惹かれるのだけど、本書における「層」は非常に物理的である。筋肉が「層」であると記述することで、筋肉が、単なる立体的な身体の一部ではなく、働きや構造が一気にイメージできる気がした。

 

本書を読んでいると、時を重ねてバトンのように知識をつないでいくことの意味や、時を超えて同じものを見つめることのできる不思議さについても、コラムという形で述べられている。

オーウェンの論文を読み、「私が解剖で見ている構造は、100年以上前にオーウェンが目にしたものと同じなんだ」という当たり前のことを初めて実感した。

 長い時間を経て、同じ構造を見て、同じ感想を抱く。すごく不思議な気分だ。そしてなんだか、すごく嬉しい。生まれた時代も場所も異なるオーウェンと、会話をしたような気持ちだった。(p.113-114) 

知識との出会いは、しかるべきときに実感をともなって、ということがとても大切なのだと思う。著者は別のところでも、ある論文をめぐって、最初の出会いの時はスルーしていたが時間を経て、意味のあるものとなったと書いている。

また、人との出会いについても

以前、先生が「人生において本当に大事な人間とは、どんな道を選んでも必ず出会う」と言っていたが、確かにそうかもしれない。(p.110)

と書いている。

もう若くないなと感じる自分くらいの年齢になると、「もっと前に出会いたかった」と思うようなこともあるが、やっぱり会えたじゃん、と思うほうが先の人生が楽しいものになる気がする。

著者は、博物館の「標本をつくる」という仕事について、「3つの無」という理念を紹介している。

無目的、無制限、無計画。

「人間側の都合」で、収める標本を制限してはならないということ。

たとえ今は必要がなくても、100年後、誰かが必要とするかもしれない。その人のために、標本を作り、残し続けていく。それが博物館の仕事だ。(p,212)

「いつか」のために保存する。「いつか」の人のために、見つけやすいために、整理する。

いつか誰かが見た景色を見る。本を通じて、古の友人たちと会話する。

昔の私と今の私。その「二人」だって会話できる。

本書を開いた時に、カバーが大きく外れてしまった。すると、茶色に銀色の線で、幼い子がキリンに手を伸ばしている姿が大きく表れたのだ。ひょいと裏返すと、今度はキリンの骨を眺める大人の女性が。自分は帯を外さないで読んでいたので、表紙にもこの二人がいることに気付かなかった。相棒はとっくに気付いていたようだけれど。

2017年、2018年に参加した人体解剖の勉強合宿では、先生から幾度も「ノミナを忘れよ」と念を押された。ノミナ=Nominaとは、ネーム、つまり「名前」という意味をもつラテン語である。筋肉や神経の名前を忘れ、目の前にあるものを純粋な気持ちで観察しなさい、という教えだ。(p.75)

目の前にあるものを純粋な気持ちで見る。

そういう風に生きていけたらと思う。

 

セッション16

 物心ついたときからずっと、図書館で夢を見てきたし、図書館に夢を見ていた。

 

自分の図書館の原体験は神奈川県の海辺の町である。

親が図書館に熱心に通う人だったので、2つの町の図書館を行き来していて、休みの日には必ず連れて行ってもらっていた。

そのうち一つは通っていた小学校の裏手にあり、グラウンドの周りの金網の破れたところから近道をして寄っていたこともある。

6歳下のきょうだいが生まれるとき、母は小学校の向かいにある産院に入院していた。学校の帰りに金網をくぐって図書館に寄り、本を借りて、会社帰りの父が迎えに来るまで産院の母の隣りで過ごしていた。

蔵書はそれほど多くなく、本も建物も古い図書館だったが、一般の閲覧室と子ども用の閲覧室を隔てて真ん中にカウンターがあり、カウンターの横に西部劇の酒場のような押すと両側に開く扉があって、家族を探しに行くときにそこを行き来するのがとても好きだったのを覚えている。

(ちなみに、長嶋有の『ぼくは落ち着きがない』という高校の図書部を題材にした小説があるが、その図書館にもこの「西部劇」扉は出てくる)

今回の課題本は、読んでいるうちにそんなことが次々と思い出されてくるような本だった。

夢見る帝国図書館

夢見る帝国図書館

 

図書館、特に公共図書館との付き合いは長い。

そういうわけで多少なりとも図書館に一家言あるのだが、この作品の著者はとてもよく図書館を理解していると感じた(偉そう)。

図書館の実情というよりは、図書館のスピリットについての理解とでもいおうか。

この物語の語り手は「物書き」の女性だが、実際の主人公は上野で出会った女性・喜和子さんと、上野の「帝国図書館」だ。

「ふん」

と彼女は鼻から音を出した。

「きれいになって、なんだか入りにくくなっちゃった」

「リニューアル前に行ってたんですか?」

「そうよ。あたしなんか、半分住んでたみたいなものなんですから」

急に丁寧語を使って威張るように鼻を上に向けた。(p.8-9)

「半分住んでいる」ような心持で、図書館に通う人たち。

不思議なもので、働いていると「住んでいる」とは思えないような気がする。

利用者として通っている方が「住んでいる」みたいな気持ちになるのではないか。

「喜和子さん、ほんとに本が好きなんですね」

「うん。読むっていうよりねえ、囲まれると安心するのよ」(p.17)

喜和子さんの図書館に対する発言には身に覚えのあることばかりで思わずニヤリとしてしまう。私もそうです、と手を挙げて言いたくなる。

あまり書くといわゆる「ネタバレ」になりそうだが、この作品は喜和子さんが生きる現代と作中物語である「夢見る帝国図書館」の部分が交互にリレーしていく構成になっている。

「夢見る帝国図書館」の部分には上野の図書館の歴史が書かれており、これがまた面白い。

「お金がない。お金がもらえない。書棚が買えない。蔵書が置けない。図書館の歴史はね、金欠の歴史と言っても過言ではないわね」(p.39)

笑ってはいけないが、思わず苦笑してしまう部分である。

100年が経っても、図書館の人たちは同じことを言って憂えている気がする。

図書館は、食べ盛りの男の子が食い物を欲しがるがごとく、常に書庫を欲しがる。(p.83)

ここも、うまい。擬人化の妙。

 

「夢見る~」パートで登場する当時の文豪たちや「理想の図書館づくり」に奔走する図書館関係者のエピソードは、多少コミカルに描かれてはいるものの、図書館の持つ様々な機能や役割を多角的に理解することを助けている。

文豪たちが憧れ、日参し、使い倒した図書館の様子を思い浮かべるのは楽しい。

「ハコもの」と言われようと図書館はやはり建物も大切なのだとも思う。

そうした人々を見守るように、図書館が擬人化されて描かれていることも、文字通り図書館が主人公となっているようでとても面白い。

戦争は各地で様々なものを惜しみなく奪う。

帝国図書館は、図書館なので、書物を奪った。(p.303)

この物語で時折みられる、簡潔でいて核心をつく文章がとても好きだ。

戦争は惜しみなく奪う。そうだ、と思わされる。

かわいそうなぞう」という絵本にもなった戦中の動物園の「猛獣処分」のエピソードも、ゾウのジョンの口を借りて、本当に恐ろしい戦争の空気を伝えている。

「いいかい、花子。奴らが俺たちを殺すのは、俺たちが危険だからじゃない。奴らが戦争をしたいからだ。戦争をする心を子どもたちに植え付けるためなんだよ」(p.321)

「よく分からない」というゾウの仲間の花子に対して、ジョンが放つ一言は今の我々にも無関係とは思えず、痛いところにぐっさりと刺さる。

 

こう書くと歴史的な記載ばかりのようだが、そうではない。語り手である「わたし」と喜和子さんの生きる時代の時間軸も進んでいく。謎解きの要素もあるので、情報量が多くてもずんずん読み進めることができる。

謎が解けた最後のエンディングの部分は「図書館で夢を見ていた」ものとして、思わず涙ぐんでしまった。

図書館との距離は以前ほど近くないけれど、図書館という存在に夢を見たい気持ちはまだある。 今度上野に行くことがあれば、喜和子さんのように古の図書館を思いながら、界隈を散策してみたい。

これからの図書館の夢を見ながら。

できれば、気の置けない誰かにその夢を語りながら。

 

セッション15

 良く知っているようで知らないということは、この世の中にまだたくさんある。

われ思う、ゆえにわれあり

これはデカルトの大変に有名な一節だ。しかしこれだって、どのような文脈の中で使われていたのか知らなかった。これまで本編を読んだことがなかったから。

読もうと思ったきっかけは、本を入れて贈るというコンセプトの紙袋である。

先人の名言がプリントされているシリーズで、その中のひとつがデカルトの言葉だった。 

良き書物を読むことは

過去の最も優れた人達と

会話をかわすようなものである

(ルネ・デカルト

この一文は何に載っていたんだろう、とウェブ上で検索してみたら『方法序説』だということが分かり、読んでみることにした。

デカルトがこの本を書いたといわれる年齢が自分と近かったということもある。

およそ300年以上も隔てた過去の人とどんな会話ができるだろうか。

方法序説 (岩波文庫)

方法序説 (岩波文庫)

 

大きな魂ほど、最大の美徳とともに、最大の悪徳をも産み出す力がある。また、きわめてゆっくりと歩む人でも、つねにまっすぐな道をたどるなら、走りながらも道をそれてしまう人よりも、はるかに前進することができる。(p.8)

冒頭からどきっとさせられた。

哲学者たちは、いつもきっぱりと言い切っている気がする。

本書の著者デカルトについて言えば、なんとまあ自信満々な、という印象も受ける。

自分は、まっすぐな道をたどることなどできたためしがない。

実際に方向音痴であるけれど、思考においても生きかたにおいても走っているつもりながら往々にして道をそれてしまう。いつも回り道だ。どこへ向かうかを知らないならどの道を行っても同じこと、ではあるが。 

すべて良書を読むことは、著者である過去の世紀の一流の人びとと親しく語り合うようなもので、しかもその会話は、かれらの思想の最上のものだけを見せてくれる、入念な準備のなされたものだ。(p.13)

件の一節が出てきたが、続く文を読んでみて、おや、と思った。

デカルトは、過去の人びとと交わることは旅をするようなものであるが、旅にあまりに多くの時間を費やすと、自分の国で異邦人になるし、過去のことに興味を持ちすぎると、現在行われていることについて「ひどく」無知なままになってしまうと言っている。

旅人は、あちらに行き、こちらに行きして、ぐるぐるさまよい歩いてはならないし、まして一ヵ所にとどまっていてもいけない。いつも同じ方角に向かってできるだけまっすぐ歩き、たとえ最初おそらくただ偶然にこの方角を選ぼうと決めたとしても、たいした理由もなしにその方向を変えてはならない。というのは、このやり方で、望むところへ正確には行き着かなくても、とにかく最後にはどこかへ行き着くだろうし、そのほうが森の中にいるよりはたぶんましだろうからだ。

≪中略≫

そしてこれ以来わたしはこの格率によって、あの弱く動かされやすい精神の持ち主、すなわち、良いと思ってやってしまったことを後になって悪かったとする人たちの、良心をいつもかき乱す後悔と良心の不安のすべてから、解放されたのである。(p.37)

最近になって、ここで言われていることの境地が分かってきた気がする。最善なルートを行くことよりも、「ともかく最後にはどこかへ行き着く」ことを第一義としていれば、不安や後悔はそんなに感じない。

哲学を学ぶ。

そのことをもっと身近なものにできたらいい。

むかしむかしの賢い人たちが、何を思い、どのように生き、何を伝えていったのか。

300年もの前の人と会話する、そのことが「読書」という行為によって、さりげなく自然に行われていることがすごい。 

 

ほんの少しでも疑いをかけうるものは全部、絶対的に誤りとして廃棄すべきであり、その後で、わたしの信念のなかにまったく疑いえない何かが残るかどうかを見きわめねばならない、と考えた。こうして、感覚は時にわたしたちを欺くから、感覚が想像させるとおりのものは何も存在しないと想定しようとした。次に、幾何学の最も単純な事柄でさえ、推論をまちがえて誤謬推理をおかす人がいるのだから、またしもまた他のだれとも同じく誤りうると判断して、以前には論証とみなしていた推理をすべての偽として捨て去った。最後に、わたしたちが目覚めているときに持つ思考がすべてそのまま眠っているときにも現れうる、しかもその場合真であるものは一つもないことを考えて、わたしは、それまで自分の精神のなかに入っていたすべては、夢の幻想と同じように真でないと仮定しよう、と決めた。しかしそのすぐ後で、次のことに気がついた。すなわち、このようにすべてを偽と考えようとする間も、そう考えているこのわたしは必然的に何ものかでなければならない、と。そして「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する[ワレ惟ウ、故ニワレ在リ]」というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども揺るがしえないほど堅固で確実なのを認め、この真理を、求めていた哲学の第一原理として、ためらうことなく受け入れられる、と判断した。(p.46)

 

私は考える。故に存在する。

考えるためには、存在しなければならない。

 

何が「真」であるのか、そのことを考えようとするほど、よく分からなくなってくる。

ただ、「私」ということ、「考える」ということは、そのことと密接につながっているということは分かる。

 

「私」とは、なんなのだろう。

そう考えたとき思い出した絵本があった。

www.fukuinkan.co.jp

 

 長新太は、大人になってから知った絵本作家である。

子供のころに与えられた絵本、自分で選ぶ絵本の中には、長新太作品はなかった。元同僚におもしろいですよと教えてもらって知った。教えてもらわなければ、知ることがなかったか、知るのがもっと後になっていたと思う。

テキストは谷川俊太郎。相手が変わると「わたし」の呼び方もまた変わることを分かりやすく表現している。

デカルトにしても、谷川俊太郎にしても、「わたし」ということの見方を変えることで

大きく世界が変わるという点では同じだ。

人は生きている限り、自分とは何かとか、どのように生きるのが正しいのかを追い求めようとする。

ある人と会話しているときに、別の誰かとの会話の断片を思い出したりすることがあるが、読書においてもたびたびそういうことがあって、そうした時にとても嬉しくなるのだ。ああ、あの人とも話したんだった。というような。

 

デカルトの書いた本書を読んで思うのは、終始自分に対してポジティブだということ。あまりに自信がある風なので笑ってしまうくらいだ。

しかも遠慮なく言えば、わたしの計画を終局まで完全になし遂げるには、あと二つ三つの同じような戦いに勝利を収めさえすればよいと考えているし、わたしはそれほど年をとってもいないから(この時四十一歳)、自然の普通の流れからゆけば、これを実現するためにまだ十分な時間的余裕を持つことができる。しかしわたしは、残された時間をうまく使えるようにという希望が強いだけに、いよいよそれを無駄なく使わなければならないと思う。(p.89)

自分自身はもう時間があまりないなあと思っていたりするのだけど、この時代は今より寿命が短かったはずなのに「まだ時間的余裕を持つことができる」と言えるなんて。

「あと二つ三つ勝てばいける」って、豪語できることがすごい。

 

残された時間をうまく使いたい。

どうしても寄り道が多くなるので、無駄なく、というのは自分には少し無理そうだけれど、それでも努力をしていかねばなあと思う。

 

考えるということで自分は在る。

さまざまな人と話すことで自分は多義的な存在となり得る。

 

過去の人とも今の人とも、自在に対話できる本というものは、やはり面白い。

 

 

セッション14

西荻窪というまちが好きである。

住んだことはないが、大人になってから通うようになった。

現在は本屋や古道具屋、雑貨店、ベーグル専門店に美味しいことで有名な食事処など、歩いて回りやすい範囲に魅力的なお店が点在していて人気のスポットになっている。

そこに至るまでの、普通の商店街だった時代も知っているし、今や人気店となったお店が規模が小さかったことや、駅から少し離れた場所にあった時代も知っている。自分の成長とともに変わっていき、賑わいがうまれていく様子を見てきたという意味でも思い入れのあるまちだ。

 

9回目のセッションで、堀部篤史氏の『90年代のことー僕の修業時代』について取り上げた。

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 その時に触れた島田潤一郎氏のエッセイ「九〇年代の若者たち」が他の雑誌寄稿文などとともに一冊の本にまとめられ、『90年代の若者たち』として夏葉社のインディーズレーベル「岬書店」から発行された。(本のタイトルは「90年代」と英数字表記、収録されている表題作のタイトル表記は前のまま「九〇年代」と漢数字表記となっている。)この本が今回の課題本である。

刊行されてまもなく、ちょうど西荻窪に行く用があったので、取り扱っている雑貨店FALLで入手した。そこで夏葉社関連本2冊以上購入すると、島田氏の所有していた90年代のCDが特典としてプレゼントされるという。もともと買うつもりだった本が2冊以上あったので、その特典の恩恵にあずかったが、くじを引いて当たったのはシェリル・クロウのデビューアルバムだった。 

チューズデイ・ナイト・ミュージック・クラブ

チューズデイ・ナイト・ミュージック・クラブ

 

通常新しいCDを購入すると、背を覆うように帯のようなものがついてパッキングされている。

その帯的なもの(なんというのか知らない)、開封後は結構邪魔なのだが、文庫本における背表紙の解説的なものが書かれていることがあることもあってなかなか捨てられない。ケースを開けたつまみの部分に挟んで保存したりするのだが、このCDについてもそのようになっていた。とてもきれいな保存状態だ。

その帯的なものによると、シェリル・クロウは90年代当時「70年代のロックの香り漂う女性ロッカー」という売り文句だったらしい。

90年代なのに70年代に逆行?いや、これこそが90年代っぽいのかも。

 

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さて、課題本についていえば、読んでいる最中は次々と出てくる固有名詞に忘れていた記憶がよみがえり、感情が波のように押し寄せてくるということの繰り返し。テレビ番組やCDアルバムや漫画について、何より当時のワープロの名称まで、よくもまあここまで覚えているものだと感心した。(自分はワープロは「書院」ではなく「Rupo」だったのだが)。

 

HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」も「ミュージックステーション」も「CDTV」も毎週欠かさず見ていて、スピードが出るたびに、上原多香子かわいい、と思っていたくせに、自意識が邪魔して、そのことを打ち明けられない。「上原多香子かわいいよね」といわれても、「ん?」という顔をして、「だれ?」ととぼける。「BODY&SOUL」も「STEADY」も「GO!GO!HEAVEN」もソラでうたえるはずなのに、大学では気難しい顔をして現代詩文庫を読んでいる。死んでほしい。(p.99) 

相棒にも話したが、90年代に10代後半から20代前半を過ごした者に特有のことがあるとすれば、テレビ番組やアイドルや俳優や映画やCMといったものに関して「知っていた」「見ていた」「歌った」という、ほぼ全員共通の経験があることなのではないか。

そしてなぜか、その頃のことを思い出そうとするとイタい。 「あの頃はよかった」とは思えなくて、「死んでほしい」と思う気持ち。

  

セッションから少し経ったころに初めて訪れた野外音楽フェスで、スチャダラパーのライブを見た。

前回Bose氏を見たのは、2010年6月の小沢健二氏の復活ライブ「ひふみよツアー」での飛び入り参加だったように思う。9年ぶりとは。

来年で30周年、すでに5万曲以上を作ってきたという彼らは、ライブの終盤に「今夜はブギー・バック Smooth Rap」を歌ってくれた。

今夜はブギー・バック smooth rap

今夜はブギー・バック smooth rap

 

ここでしか見れない 景色 ここでしか吸えない 空気

吸って吸って はいてはいて 

日はのぼり落ち 折り返し地点

(『今夜はブギー・バック smooth rap』スチャダラパー featuring 小沢健二 より)

 

小沢健二氏がメインのnice vocalバージョンと少し歌詞の違う部分である。

今回とくに印象深かったのは、人生において自分が折り返し地点を感じているからなのだろうか。

今いるまちで、ここでしか見れない景色やここでしか吸えない空気、そういったものを感じているからだろうか。

とにかくパーティを続けよう

これからも ずっとずっとその先も

このメンツ このやり方

この曲で ロックし続けるのさ (同上)

30年間、スチャダラパーはその言葉通り、同じメンツ同じやり方でロックし続けてきた。そのことの絶対的な安心感をライブで感じた。

90年代から止まっているわけではない。

90年代からずっと歩いてきた。

そのことの証が「同じ」であることのうれしさ。

 

今回は読書セッションの後、もやもやしていたと思う。

格別嫌なトピックがあったわけではないのに90年代を振り返るのはしんどい作業で、月日を重ねても大して変わっていない自分の現在を思うと、落ち込んだりもするのである。

 

でも、夜の闇の中で、以前からの変わらないスタイルでキャップをかぶり、だぼだぼのTシャツを着ながら手を振り歌うSDPはまったく自然体で楽しかった。変わらないこともこんなに安心だと思わせてくれた。

 

その意味で、本というのは、人間に強さをもたらしたり、ポジティブな価値を与えるというより、人間の弱い部分を支え、暗部を抱擁するようなものだと思う。だから、ぼくたちは本が好きなのだし、本を信頼していたし、それを友達のように思っていた。(p.168) 

 

SDPのブギー・バックを聴いて、自分のなかの暗部をハグしてもらったような気持ちになったのだと思う。

ともかく、自分にも信頼できる本があり、音楽があり、ということは友だちがいるのだ。

 

 

 

ある編集者

 東京に行ったときはなるべく美術館の展示をいくつか観るようにしている。

今回はまず編集者・小野二郎の展示を観に世田谷美術館を訪れた。

www.setagayaartmuseum.or.jp

 

実をいうと、小野二郎という人物については全く知らなかった。

本の界隈にいながらそれはダメなことかもしれないが、であるからこそ興味を持ったともいえる。「編集者」として美術館で展示テーマに取り上げられるなんて、多くはいないのではないか。

 

展示はとてもよかった。小野に関連した本、本、本。

ウィリアム・モリス、そして高山建築学校の展示も興味深かったけれど、そうした多角的な視点からの構成をもってしても、小野の手がけた「本」の存在感は大きかったのだろうと思う。

 

展示ポスターにもなっている平野甲賀の装丁は、どれもおしゃれだった。甲賀フォント以前のものも、他にないデザインだと思う。

モノとして目にして「いいな」と思えるもの。その力は時を超えて迫ってくる。

文庫化され現在も親しまれている本の、初版におけるかっこよさ。

どうしてこのままじゃないのかなあと思ってしまうけれど。

 

小野は52歳で急逝したが、もしそうでなかったら、どのような本が世に出ていただろうかと考えてしまう。

鶴見俊輔や、長田弘が寄せた言葉を読み、その人となりを想像する。

この人に私は会ったことがない。

しかし、この人に心をひかれた。

著書を読む前に、そういう存在に対する好意を、

ひとつの偏見としてもっていた。

その偏見を、著者はうらぎらなかった。

 (「小野二郎について」鶴見俊輔

 

 つくった本、やった仕事よりはるかに、

未定の本、未定の仕事を、

ここに置いたままにしていった大男。

  (長田弘

 

会場には、小野にあてて送られた文筆家たちによる葉書も展示されていた。多くは、小野により献本された書籍に対するお礼状。感想も述べられており、読んでいくと書き手の個性が感じられ、面白い。

折しも、出版業界における献本の風習(?)と、それに対する御礼コメントをSNSで拡散することが話題となっていて、そんなことも思い出した。

 

本展示で何が良かったのかと振り返ってみれば、展示物により、その人の為した「しごと」の全容が浮かび上がるように思ったことだろう。

全容を把握しつつ、それぞれに近づけば、より細部を知ることができる。

 

生前の小野は冗談で、やらなくてはならない仕事がありすぎる、80歳までは生きないとと言っていたそうだ。

 

晶文社を立ち上げる前に、弘文堂にいた小野は、「現代芸術論叢書」というシリーズを手掛けていたが、その巻末続巻予告のページがわざわざ展示でクローズアップされていた。続いて出ると予告されながら、16タイトルが未刊行となったそうだが、それを観ると、アイデアが次々生まれるなんてすごいと思ったり、このページを指し示すことで、小野の発想力を知らせようとした展示会の企画者にも感心した。

 

僕の人生の今は何章目くらいだろう

 

そう歌う曲を、実感をもって聴くようになった。

 

自分に残り時間がなくなったあと、

このように「成したこと」を広げ、次世代につなげられるだろうか。

 

ああ、時間がない。

セッション13

ここのところ、忙しいと言いながら内容的に重い本が続いたので、 少し読みやすい

「本の本」を課題本とした。

本を贈る

本を贈る

 

 

著者、編集、校正、装丁、印刷、製本、営業、取次、書店員、本屋。

 「本を届ける」職業の、10人の人びとによるエッセイ集である。刊行時から気になっていたのだけど、その時はしっくりこなくて、今年に入ってようやく手に入れた。

上の書影では、イラスト部分は赤色になっているが、刷を重ねるたびにその色を変えていて、自分が買ったのは緑色の二刷である。現在は三刷が出ていて、オレンジ色だそう。本づくりにおいて、そうした趣向を凝らすのも楽しいなと思う。

 

10人の語り手の中で、本(の中身)を「つくる」工程に関わる生業の人たちよりも、本を「届ける」工程により近い人たちの話を面白く感じた。初めて知る話が多かったというのもあるかもしれない。

 

装丁家の矢萩多聞氏の章に、小学校1年のときの新聞づくりのエピソードが書かれている。同じように自分も、新聞づくりに「はまって」いた。壁新聞ではあったが、毎日1号発行していた。誰よりも多く発行したいと思っていたのを覚えている。よくもそんなに書くことがあったものだ。でも、「紙に何かを書きつけ複製して人びとに配るという遊び」が、楽しくて仕方なかったという気持ちはとてもよく分かる。

 

子どものとき、一枚のビスケットができるまで、どれだけの人が関わっているんだろう、と想像して遊ぶのが好きだった。目の前のビスケットの材料や包装材をめぐって、頭の中で地球を何周も旅した。小麦粉やバターや卵に砂糖、プラスティック袋の印刷、縫製、原料の石油・・・・それぞれの場所にこんな人がいて、こんな一日を過ごしているんじゃないか。そう想像するだけで、なんでもないビスケットがなにものにも代えがたい宝物のように思えた。(pp.81-82) 

 

ビスケットから物語を想像する遊び。小さい時から、こんな風に物事を考えられたら楽しいだろうなと思った。

ここまでではないが、「自分の知らないところで生きている人たち」について思いをはせることもあった。

「あさ いちばんはやいのは」という童謡や、谷川俊太郎氏の「朝のリレー」がお気に入りで、そうした作品に触れ生活の息吹が感じられるような他人の生きざまを思うとき、きまって気持ちがざわついた。高架線路を走る電車から流れる町を見つめるとき、立ち並ぶビル群に一瞬見える人影や、並列で走る別の電車の窓によりかかる見知らぬ誰かを見つめたときも、同じような気持ちになった。生きている。それぞれに。私とは違う人生を。そんなことを確認させられるような気持ち。

 

製本屋の朝は早い。始業は八時。もちろんそれは作業開始の目安となる時刻のことで、機械の電源を入れたり、製本に使用するボンドを溶かしたり、諸々の準備のために一時間以上早く出勤するひともいる。スイッチを押してしまえば、あとはパンをかじったり、煙草を吸ったりして過ごしている姿も見かけるが、気の早いひとなどは本気で働き始めてしまっている。毎朝ギリギリに出勤している私は、そのそばを、遅刻したような気持ちになりながら、えらいなあと小走りする。(p.143)

 

本書で10人の人たちの人生を垣間見たが、本と向き合った時間が具体的に書かれていれば書かれているほど、ぐっと気持ちが入った。裏方であればあるほど、面白く感じた。

製本家・笠井瑠美子氏の語る工程には、中身に思い入れがなくてもきっちり仕事するという、職人たちの心意気を感じたし、「やりがい」のある仕事だけが立派なわけではなく、こうして仕事は仕事としてこなすことが「当たり前」とすることを、大げさでなく尊いと思う。

 

「本を贈る」というテーマにたいして、自分の仕事はそれではないと否定する人もいた。取次の川人寧幸氏である。

中間にあって、主体として「贈る」という気持ちにはならなかった。届けられたものは、次に届けなければならない。滞留させてはならない。一日が終わると荷捌き場には何も残らない。きれいさっぱり清々した気持ちになるが、その代わりに本には私たちのような労働者の痕跡はいっさい残らない。それでいいではないか。(p.178)

 

主体となることは無いと書いたが、主体といってもどこからが主体なのか、そもそもどこが始まりでどこに続いて行くのかなど、誰にもわからない。出版されたものは著者の手を離れていくし、読者たちがそこに何事かを投影し、あるいはそこからまた別の本に引き継がれることもあるだろう。一冊の本の寿命が人の一生より長い場合もよくあることだ。ある意味では取次であるかどうかにかかわらず、本に関わる誰もが中動態のような中にいるのではないだろうか。(p.202) 

自分も「本を届ける」という仕事にあったことがあるが、どちらかといえば主体ではなく、人の一生より長いスパンで考えて、次の世代にどう渡していくかということを考えていたように思う。

「どこが始まりでどこに続いて行くのかなど、誰にもわからない」

その通りであるけれども、であるからこそ、確かにリレーのバトンのように次世代に繋いでいかなければ、その時点で断絶されて終わってしまう連環なのだ。

 

本が物理的に空間を占有するものであるかぎり、スペースの問題は店舗であれ個人の部屋であれつきまとう。出版社の営業・橋本亮二氏の章にそのことが書かれている。

当たり前のことですが、売り場のスペースには限りがあります。売り込みをしに来る出版社は数えきれないほど。とうぜん、お店としても売りたい本はたくさんあります。何かの本を選ぶということは、他の本を選ばないということでもあるわけです。(p.220)

「選ばない」ということの難しさはずっと感じてきた。「選ばない」、つまり棚に居場所を与えない。もし現在棚にある場合は、棚から取り除くということである。本当はまだそこにいて欲しいとしても、苦渋の選択で「いま」需要の高いもの、要望のあるものを残さなくてはならない。「選ばない」ことを選ぶのである。

 

<本を通じて社会はもっといいものにできる。書店の棚を通して思いを届けることができる。そのために、粘り強く、あきらめずに各地の書店へ足を運び、丁寧に提案をつづける>(pp.225-226)

 

そのように自分も信じていた。いまも信じることをやめてはいない。

「仕事を通じて社会に貢献したい」というのは、ずっと以前から変わらない願いだ。その仕事が、本に関することであればなおよかった。

本のある場所で、必要とする人がきたときに備える。どちらかといえば待つ仕事。

しかし、同じ場所で待ち続けることに疑問を感じるようになる。この場から動かない限り、この場所を目指してきてくれる人以外に出会えない。それらの本を必要とする人たちは、もっと他の場所にもいるように思えてならなかった。

そうであるから、移動する本屋を営む三田修平氏の気持ちに強く共感した。

固定の場所、特定の文化圏で本屋をやっていると、本好きの人々に愛される「いい本」ばかりを追いかけてしまいそうになる。誤解を恐れずにいうと、ブックトラックは本好きのためのお店を目指してはいない。

<中略>

ブックトラックでは、何かに興味があって、知識や情報を知りたいという人に、本を通して何かを提供できたら良いなと思っている。(p.285)

 

本が好きとか好きではないとかではなく、当たり前のように生活に溶け込んでいてほしい。特別なものとして扱ってほしくない。そのような想いが自分にもある。

届けるというのもおこがましいが、本にまつわる空気に触れ、体験をしてもらいたい。

そういった意味で、外に飛び出して本の場所を作ったり、本にまつわる体験を色々な人に語ってもらったりということ、本書に書かれている移動式本屋のような取り組みも含めて、「本を体験する」ことは、もっと全国的に広まってほしいと思う。

 

本書は、主に「本好き」と言われる(自認する)人が手に取る本だと感じる。でも、さまざまな切り口で本への関わり方が紹介されているので、ふと手に取ったことで、本が好きでなくても、「仕事として本に携わること」に興味を持つ人が出てくるかもしれないと期待する。

 

誰でもいちどは、本のある空間を体験してもらいたい。そのうえで関わらないという選択があってもいい。しかし、環境によって「知らない」人が出てくるということは避けたい事態だと思っている。本の環境があるとないとでは、文化的にも生活的にも、あまりに格差が生まれてしまうと実感しているから。

どうしたら本のある場所を体験してもらえるだろう、ということはしばらく自分の不動のテーマとなりそうだ。

 

うっかりしていたが、このセッション読書会を初めて1年が経っていた。

初めのころの投稿を今読み返すと、手探り状態なのがよく分かる。

よく続いているなあと思う。相手あってのことなので、貴重な時間を割いて本の話につきあってくれる相棒に感謝したい。