セッション

月例セッションというのをやることになった。

トークセッションである。

こう書くと偉そうだが、気の置けない雑談である。

いちおうは明確なテーマ本を決めて、それを中心に話すのである。

互いに思考が整理されるのではないかという期待がある。

30分と区切っていたはずだけど、1時間超え。

ちょっと反省。

今回のセッションにおいて印象に残った言葉は「狭い視野」「崩す」。

読みたい本や読んだ本や積読中の本についても話したが、

その中にこの本もあった。

『かさねちゃんにきいてみな』(有沢 佳映)|講談社BOOK倶楽部

話したらまた読みたくなり、翌日早速入手して再読した。

小学校の登校班の話である。

朝集合して学校につくまで、1年生から6年生までが列になり、

安全に登校するために作られた班である。

(自分が通った都市部の小学校は残念ながら登校班がなかった。

ばらばらと登校していた。

なのでカラスや怖い犬から「ひなん」させてくれる上級生もいなかった。)

基本的に近所の子で構成されるが、まれに班が変わることもあるようだ。

主人公のユッキー(5年)の所属する「南雲町二班」は明らかに

問題を抱えている子が多い。

1年生のミツは前にいた班を「クビ」になって

父親が自転車で集合場所まで送ってくるし、

4年生のリュウセイは休みがちである。

そんな子たちをカリスマ班長・かさねちゃん(6年)がまとめている。

かさねちゃんは、「ちゃんとして」という魔法の言葉を持っている。

だれかが理屈っぽいことを言って「はんこう」しても、

それを叱ったりせずに納得いく言葉でおさめるすべも知っている。

「わからない言葉でも、ごめんなさいって言われたら、なんにも言われないと同じじゃないよ」(p.15)

 

ユッキーはかさねちゃんが卒業してしまったら、

自分が班長になって「こいつら」をまとめることに不安を持っている。

そのことを通して、「子どもじゃなくなること」すなわち、大人になることにも

不安を感じている。

ユッキーの眼を通して読み進むうちに、

自分も南雲町二班のメンバーになり列を組んで歩いている気持ちになる。

かさねちゃんは、大人にはぬぐいきれない子ども時代に特有の不安について、

豊富な知識と決然とした意志という形で安心を与える。

ユッキーは、大人も弱く、絶対的に安心な存在ではないことを知っている。

「ちゃんとして」ない大人もいるこの世界に、絶望もしているが、

大変フラットな考え方をしていると感じた。

 

この話では「物語」が重要な意味を持つ。

かさねちゃんには自分の生み出した「双子の冒険の物語」がある。

人に差し伸べることのできる物語を持っている人は強い。

かさねちゃんの物語は班のみんなも特に気に入っていてむちゅうだ。

かさねちゃんにとっても「おくの手」なのだ。

『かこにしはいされるものはみらいにもまたしはいされていることをしるべきだ』(p.108)

次郎(2年生)は、かさねちゃんの語る物語に出てきた長老のこの言葉に

「超感動」し、班の全員のぶんまで「ていねいに」メモに書いて配るのである。

仲間とか友達とは違うが「同じ班だから」。

共有した時間や物語の力で結びついている、そんなメンバーたち。

 

再読しても、色々なことを感じる本だった。

 

読むと分かるが、ハムを食べたくなる。

くるりの「ハム食べたい~」が脳内プレイする。

そう、「水玉のハム」食べたい。